赤毛のアン




有名なベストセラー、モンゴメリーの「赤毛のアン」を読む機会があったので、いろいろ調べてみました。ちょっと英語の授業みたいですが、お付き合いください。


「赤毛のアン」というのは、「Anne of Green Gables」の邦訳です。最初にこの名前を付けたのは村岡花子です。でも挿絵は金髪でした。

01_2112akage.jpg

ここで、最初に訳した村岡花子、格調高い英文学の中村佐喜子、児童文学の訳が多い橘高弓枝を比較してみます。
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"I'll just step over to Green Gables after tea and find out from Marilla where he's gone and why," the worthy woman finally concluded.

村岡花子訳
「お茶のあとで、『緑の屋根』へひとまわりしてマシュウがどこへ、何のために出かけて行ったのかマリラから聞き出してこよう」とうとうレイチェル夫人は、さじをなげた。

中村佐喜子訳
「お茶をすませたら、ちょっとグリーン・ゲイブルズまで行って、あの人がどこへ何しに行ったか、マリラから聞き出そう」と、この熱心な夫人はようやく決めた。

橘高弓枝訳
(お茶のあと、グリーン・ゲイブルズまでひとっ走りして、マシューがどこへ、なんのために出かけたのか、マリラに尋ねてみなくっちゃ。)ついにレイチェル夫人は心を決めた。


この3人の訳文を見ただけで、レイチェル夫人の性格が大きく変わって表現されています。

明治の文豪のように格調高い村岡花子訳は、最後に和歌の一つでも付いてきそうです。

中村佐喜子訳は英文解釈の模範のようです。worthyも訳に入れているなど大学入試にはこの訳が正解なのでしょう。

それに対して橘高弓枝訳は好奇心旺盛なオバサマ的でしょうか。レイチェル夫人がアンのようです。三人の『赤毛のアン』はそれぞれ別の物語にも感じられます。

このように誰の訳本から入ったかによって、文学に対する接し方、印象は大きく異なります。更に最初の体験が大きく印象付けられるので、別の訳文を読むと「これは違う。こんなのはアン・シャーリーなんかじゃあない」って気にさせれるものです。

最初のカノジョが忘れられない・・・って感じでしょうか。

02_Green-gables.jpg
[グリーン・ゲイブルズ]

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「赤毛のアン」には文中で時々、不思議な詩が挿入されています。

"The little birds sang as if it were
The one day of summer in all the year."
(第2章)
『小鳥たちは歌っていた。あたかも今日が
  一年でただ一日の夏の日であるかもように』

ここでは「夏の一日」(掛川恭子訳)なのか「一日の夏」(村岡花子訳)なのかで大きな議論の余地があります。そのまま訳すと長い夏の中のある日に小鳥が歌うという牧歌的な情景になりますが、そもそもプリンスエドワード島にそんなに長い夏が訪れるのだろうか。短いその一日だけの夏に歌うという必死な思いが込められているのだろうか。
更にはアンの心情の暗喩として、自由な日は今日だけしかないという気持ちを表したものでしょうか。

いや、いや違うのです。
夏の長さではありません。もっと長く夏の続く国であっても、あなたと過ごしたその夏の一日は、
とっても大切な、大切な、かけがえのないその夏の一日なのでしょう。

「千と千尋」では"One Summer's Day"は『あの夏へ...』とされています。




"The Caesar's pageant shorn of Brutus' bust
Did but of Rome's best son remind her more,"
(第17章)
『ブルータスの胸像を奪い取られたシーザーの行列は
  前にも増して、ローマ最上の人の不在を思い起こさせた。』

これは壮烈なセリフではあるが、引用ははっきりしない。ダイアナがにっこりしない事を嘆く言葉にしては、ちょっと違う様な感じもします。村岡花子版はここはカットしています。


"The stubborn spearsmen still made good
Their dark impenetrable wood,"
(第29章)
『屈強なる槍兵たちは、なおも進みゆく
    奥底しれぬ深い森の中へ』

これはウォルター・スコットの『マーミオン』の戦いの詩の一節を英文学の先生に暗唱するようにと言われた宿題です。

村岡花子の訳では、詩の内容はカットされて「詩を口ずさみながら夢見心地でうっとりと歩いていた」とありますが、詩の内容から見ると「勇気を貰って元気よく歩いていた」とするほうが辻褄が合うような気もします。


これらの詩にはそれぞれ訳文が付いていますが、やや唐突感が否めない。なぜにこんなことを言うのだろうと考えてみます。
これらは英文の特徴である古典、修辞、聖書の引用であろうと思われます。

枕草子で『高炉峰の雪 いかならむ』とかけたレトリックに似たものでしょうか。
やはり背景を知らないと、英語を訳しただけでは文学の中には入って行けないのでしょう。
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最後に赤毛のアンの中から、すてきな言葉をひとつ

"It's been my experience that you can nearly always enjoy things if you make up your mind firmly that you will. Of course, you must make it up FIRMLY." (第5章 Anne's History)


「私の経験によれば、物事は楽しもうと思えば、どんな時でも愉しめるものよ。もちろん、楽しもうと固く決心することが大事よ」(松本侑子訳)


この部分は「村岡花子」本では省略をしてました。原書があまりにも素っ気ない書き方だったものですから、しかたないのかもしれません。

なかなかこの英文から、このような言葉を紡ぎだす事は、アンの気持ちに成りきっていないと出来る事ではないでしょう。

03_plum puffs raspberry cordial 082



このように一つの物語も原書と訳本を幾つか重ねてみると、
ふと見知らぬ物語がそこから顔を覗かせているという事もあるのです。

英文解釈というのは、教科書どおりにはいかないものですね。



JIMMY

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テーマ : 読書メモ   ジャンル : 学問・文化・芸術

No title

あー、すごくわかります。
訳す人によって、全く別の世界観というか
雰囲気になってしまうんですよね。
私はそれで、好きな小説は出来れば原文で
読むようにしています。

日本語訳だと格調高い文が、原文では意外と
簡単な英文だったりと面白い発見があります。

赤毛のアンは、読みたいなと思いながら
キンドルに原作を入れたまま
まだ読んでません。けっこうシリーズで長いから
なかなか取りかかれず。(笑)

No title

「私の経験によれば、物事は楽しもうと思えば、どんな時でも愉しめるものよ。もちろん、楽しもうと固く決心することが大事よ」

良い言葉ですね

ぷんぷく さんコメントありがとうございます

> 日本語訳だと格調高い文が、原文では意外と
> 簡単な英文だったりと面白い発見があります。

訳本は訳本で独自の視点と文体で描かれた世界を
持っているのが好きですね。
単に原文を追っかけているのは日本語としておか
しな文になるから読んでいて疲れてしまいます。

> 赤毛のアンは、読みたいなと思いながら
> キンドルに原作を入れたまま
> まだ読んでません。けっこうシリーズで長いから
> なかなか取りかかれず。(笑)

あるある。そういうの。買いっぱなしの黒澤明DVDとか(笑)

海外暮らし さんコメントありがとうございます

ステキな言葉というのは、魔法のように心を揺さぶります。
もっと若い時にこの言葉に出会えていたら。
世界はちがって見えたかも。

でも、ついつい一度読んだ本はもう一回読むことが無いので、
別の人の訳本に出会わないでステキな言葉を見落としてしまいます。
反省。
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