なんで勉強なんかしなくちゃいけないの?




大学生に、「なんで勉強なんかしなくっちゃあいけないの?」って聞いてみました。

その先の講義を理解するため。
単位をとるため。
資格試験に受かるため。
いい就職先が見つかるため。
などなど。。。。そんな、ありきたりの答が返ってきました。

きっと高校生だったら
いい大学に入るため。
近い大学に入るため。
偏差値の高い大学に入るため。
ブラックな会社に入らないため。
・・・・と、なるんでしょうね。

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そもそも、頑張って勉強したから、いい就職先が見つかって。自分の希望する仕事に就けるなんて。どんだけムシのいいことばっかり考えてるからおかしいんですよ。

裏返すと、いい就職先では無かったら、頑張ってきたことは無駄だった。勉強なんかして損をした。。。ということになるんですよ。

資格を取るために頑張って勉強をしてきたのに評価されない・・・何ですかソレ。勉強してやっと取れた資格なんぞ、取れたところで実力は伴わないという事ですよ。


資格というものは、自分の能力を客観的に測定する手段であって、就職をするための道具でもなんでもありません。
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じゃあ。最初の質問に戻って「なんで勉強なんかしなくっちゃあいけないの?」



希望する職種(会社、大学)では無かった。→その配置先で自分を極めていく方法は無いか勉強してみる。勉強してみないことには光明は見出せないし、愚痴と妬みは人生の時間の無駄でしかない。


勉強したことが会社では全く役に立たなかった。自分の専門が評価されなくて不本意な部署に配置された。→全く役に立たないような勉強の仕方しかしてこなかった自分を棚に上げているだけで、自分の中にある問題点を他人のせいにしてませんか。

所詮、愚民には高等教育なんぞは必要じゃあ無くて、仕事の手順だけ教えてやればいいんだ。という考え方もあります。政府有識者会議のみならず、また学生もそれを望んでいるように思います。


無論勉強したところで、給与はそれほどのものでは無いかもしれません。むしろお金が欲しかったら勉強する必要は無いのかもしれません。

自分は文系なんだから数学は苦手なのはしょうがない。私は理系なんだから体育なんか出来なくてアタリマエ・・・こういう『なんだから』と自己弁護が出るようでは、何をやってもダメかもしれないでしょう。

東大生というものは、勉強しているイメージがあるが、実は音楽も体育も得意です。そもそも東大に進学する高校に入るには、中学では全教科が5であるのが普通なので、苦手などというものとは無縁なものです。
数学が苦手で文系を選ぶわけでは無くて、文系が好きだから選んだだけです。

勉強するという事はこころの滋養であって、金銭とは別のフェイズにあるからです。
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もう少し具体的に話をすすめましょう。

「勉強する」という定義が「知識を暗記する」という次元と考えているところで、既におかしくなっています。
いかに知識の記憶を蓄積したところで稗田 阿礼(ひえだのあれ:文字の無かった古代に帝紀を総て暗唱し古事記の元になる)には成れず、またデータは人の記憶に頼らずとも済みますので、暗記するだけでは意味の無い作業になります。

それでは「勉強する」とはどのように定義されるべきか。
シンガポールMOEのプロフェッサー・ロゥは、「Analytical, decision-making and creative skills」と定義しています。直訳すると分析による意思決定と創造ということになります。

音楽を例に取ると、アナリーゼと表現法と創造性のスキルということです。指揮者は楽曲を分析し、従来の表現を踏襲または否定し、新たなる音楽性の世界を創造するということになります。



そして、「勉強する責任について」は「Social responsibility, and environmental sustainability」社会的責任および環境の持続可能性を言っています。

さらに、「なぜ勉強するのか」についての答えの一つとして「Awareness of cultural diversity」文化的多様性への意識の啓発を述べています。つまり社会の一員として他者を認め、自己を認めることを勉強すること。それをゴールとしているわけです。社会における自己のアイデンティティの確立と社会の一員としての役割意識の育成こそが勉強をする意義であるということになります。

早い話、勉強してはじめて一人前になるスタート地点に着けたという事で、それすら出来なければ一人前のオトナではないということです。やってアタリマエ。やらなければ半人前というのは、いかにもシンガポールらしい発想です。
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「勉強しないより、した方が人生を面白く生きることが出来るかもしれないですよ」




JIMMY

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テーマ : 勉強   ジャンル : 学問・文化・芸術

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ぺんぺん草 さんコメントありがとうございます

やった後悔は、いい思い出になるけど
やらなかった後悔は、一生の重荷になります。

結局は自分のために勉強はするもんだと思います。
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