愛と憎しみの教育とは

(2014/2/11)

今日は哲学の話です。新興宗教ではありませんのであしからず(笑)

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[ルキウス・アンナエウス・セネカ、小セネカ]

古代ローマ帝国の有名な哲学者セネカ(BC1年~AC65年)は、「自分は損害を受けた」という「思い」と最初に戦うべきであると論じています。

なぜならば「疑心と憶測」から、ひとはどんどん被害妄想的になっていって、最後はほとんど空想の世界で怒りを増幅させることになるからです。ゆえに「軽信は最大の災いを生ずる」と述べています。

①素直さが必要であること
②好意をもって物事を評価すること
③自分の目で明らかになること以外は決して信用すべきではないこと
④話を聞いてすぐに信用しないこと

かのセネカがネロ帝にのべた言葉に、「憎しみや憎悪」を教育することは容易いことであるが、それは国を滅ぼすことになる。
ほんとうに難しいのは「残虐さや憎悪を消し去る」教育である。とあります。
(引用=ここまで)

これを一言で述べたのが、この言葉でしょう。

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”Sī vīs amārī, amā. 愛されたいなら、愛しなさい”(倫理書簡集)

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子供たちに他国を憎しむように教え続け、子供たちも期待にこたえ他国への憎悪をたぎらせ続けることが愛国心であると錯誤している。
いま、将にその予言どおりに滅びようとしているくにがあるような気がします。
それは因果応報と片づけるにはあまりにも残念な結末かもしれません。
くにが滅び、かたちを失ったときに、はたしてこのセネカの箴言を思い起こせるのでしょうか。
くにのかたちを失った時に、それが「他人から受けた自分への迫害」と感じとり、「憎悪と恨み」だけが残ったとき。
それは無間地獄のように繰り返されるでしょう。

現代のかかえる問題を考える上で、適切に予言した哲学者セネカのことばを、良く咀嚼する事が求められています。


※セネカ(ルキウス・アンナエウス・セネカ)、小セネカ
古代ローマのストア派哲学者、ラテン文学者、皇帝ネロの家庭教師、政治ブレーン、初期ネロの良き治世の5年間を導くも最後はネロの退位を画策したとして、自殺させられる。(Wiki)


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